写真と音と私たち
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ポスト・パフォーマンス・トーク4


N:平松さんも含めて伺ってみたいんですけど、
ある専門的な技術やテクニックを持つ事で世界の見え方が変わる。
そういう部分があるんだろうなと思っていて
ちょっと自分の話になるんですけど、、、

僕、昔パイオニアという会社と一緒に SOUND BUMていう旅のシリーズをやった事があって、
小さなツァーなんですけど世界のいろんな場所にレコーダー、、、
そのころだから、まだアイフォンやICレコーダーとかなくて
MDレコーダーとかDATだとか、カメラじゃなくそれを持って
旅に行こってみようっていうシリーズをやってたんですよ。

そういうのを持って出かけると、旅の質がガラっと変わる。
聞こえてなかったのに、聞いてなかった音を聞くようになる。
経験がガラっと変わってね。
それまで窓ガラス越しに見ていた風景みたいなものが変わって。

それとか海外旅行に行くと、岬の上にきれいな夕陽が沈んでいく
あー、あー、ってカメラを探してファインダーをのぞいて、
でも、その時に、この辺では「ファインダーをのぞいてる場合なのか」
と言ってる自分がいて、でも、カシャっと撮って、
撮るとスタンプハイクみたいな感じで「済」になって。
そんなによく見ていない自分。風景を。






カメラみたいな道具が、情報処理を済ませてしまう経験になってしまう事もあると思うんだけれど
ある種の人たちはそれを持つ事で、より見ていくというか世界に入っていく。
音楽でも似たことがあるんじゃないかなと思う。

ある技術を学んだり持ってる事で世界に、より入っていく。
いつもアンテナがたっている、そういう状態になる事があるよな、って。
周りの世界に心が揺れる、とか、萌え〜という(笑)
それはどんな時だってあると思うんだけれど、それを技術が助けてくれる、ていうのかな。
そういうのがあるんじゃないかと思うんですが、その辺を聞いてみたいなと思ってます。



R:さっこさんがどう思ってるのかわからないですけれど、、、
さっこさんは、たまたまそういう環境で最初に手にとったのがカメラだったと思うんです。
僕も物心ついて最初に興味を覚えたのがピアノ、もっというとドラムだったんですけれど
もしタイミングが違っていたら、僕がカメラを手にとっていて、さっこさんが音楽をやっていたかもしれない。

さっこさんは自分がとった写真に対する愛着はあるけれど
写真家と名乗る事に抵抗がある、といっていて
僕も今でこそミュージシャンと名刺に書いてますけど
ちょっと前までは名乗りたくない、ていう自分がいて。


アウトプットが違うっていうだけで、内側を掘っていくと、
何でもいいとは言わないですけど、多分、何でもいいのかな。て。
たまたまそういういろんな感覚の中で、音に反応を示して
色んなものを音楽で、という風になっていったけれども
例えばピアノが弾けなくても歌は歌えるし、歌は歌えなくても手を叩くことはできるし。
そういう風に考えていくと、音楽がなくなったとしたら違う事をやってるのかな、
という気がして。
多分さっこさんも、写真がなかったら新宿2丁目の居酒屋でバイトして、ていう風じゃないんだろうな、て。


それをすごく感じたのは、今回、公演の為に楽器を弾いてもらったり、
初めてそういう事をさっこさんやったんですけれども、集中力がすごかったんです。
初日に気迫に圧倒されてしまって(笑)

僕はピアノを弾き始めて30年ぐらいたつんですけれど、
さっこさんも少しはやってらっしゃたと思うんですけれど、
さっこさんは、プロのミュージシャンよりプロというか。
ピアノを聴いた時、すごくどーんとしていて、堂々として迷いがなくて広がりのある音で
これはさっこさんそのものだな、て思いました。
そう思うと、歌もさっこさんそのもの。
女性の歌というよりも少年のような歌。


質問の意図とずれてしまったかもしれないですけど(笑)
技術を身につけて何か見えるようになった、というよりも
それぞれの道を掘っている中で何かが変わり続けて
たまたま交わった地点が2年前だったのかな、と僕は思っています。



N:答えにくい?(さっこさんに対して)



S:カメラをもつと、波にのってるみたいな。



N:ほう?



S:波にのって歩いてたりすると
その波にのってるみたいな
光がきてすごく感覚的で
例えば結婚式をとってても、今そことかこっちにいなきゃとか何にも考えずに
勝手に動いて撮っていて、その中で今いい表情してるとかいうのが、、、
何かわかんないですね?笑



N:ううん。ついてってるつもりなんだけど?



S:カメラを持っていないとそういう感覚はない。
技術というよりは、持つとそういう感覚、撮るモードになる。

さっきの平松さんの話、
今年に入って畑と田んぼと料理について、もっと知りたいと思う自分がいて
ちょっと写真を置いておいて、そっちを勉強してみてもいいかな、て思ったんです。
大網のこういう事を私は料理をする事で表現できるかもしれないし、
畑で表現する事もできるかもしれないし、

平松さんが言ったように、この辺(お腹のあたり)にうわーってどんどんたまっていくものを
外に出すやり方は色々あるなと思って、色々悩んだけれど。。
今は畑もみながら、もう少し写真の勉強をしようと思っています。



N:なるほどね。

写真、カメラを持っている時、
波にのってるような感じで考えずにどんどん動いていける。
それには体がいるよな、と思って。
体がそういう風に動かないと動けない。

技術が伴わない時、て体がそういう風に動かないので頭で考えてしまって
技術を学んでしまうと、そういう事が楽になる。

ちゃんと感覚で動けるようになるのがいいなと、二人の話を聞いていて思いました。










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